隅田川散歩(白髭橋辺り)
とりあえず、スマホを持って出かけることにした。
健康の為に歩くということが目的の為、なるべく信号機の少ない場所、
隅田川沿いに行くことにした。
思った以上に良くて、Googlemapのローカルガイドに思わず投稿してしまった。
歴史を遡ってみると、平安時代頃迄、白髭橋辺りは海だった。
その当時、律令制度がひかれてから迅速な情報を京都迄伝達する為、道路と交通網が整備されていった。
後に、(北海道)という名前が付けられたのも、この制度に準じたもので、明治時代に付けられた。
この場所には、(橋場の渡)と呼ばれた官営の渡しがあった。
名にし負はば いざこと問わむ都鳥我が思う人はありやなしやと
言問橋の名はこの句から生まれた。
(白髭橋西詰、石浜神社の中に句碑有り。)
他のにも、競技歌留多の(ちはやぶる)もこの人が詠んだ。
ちはやぶる神代もきかず竜田川
からくれないに水くくるとは
大変な色男であったらしいが、一般教養はなく、ただ歌は非常に優れていたという評価有り。
さて、江戸時代少し前。
大橋に移された。
それにより、この地は衰退していく。
明治時代になり、三条実美が風景が京都に似ていると気にいって、
(対鴎荘)という別邸を造った。
対鴎荘に付けられた(鴎)は、業平が詠んだ(都鳥)からだと思われる。
ここでいう都鳥は、(ゆりかもめ)にあたると言われている。
その時に、明治天皇が心配されて御見舞いにこられた。
(白髭橋西詰に石碑有り。)
その後、白髭橋を造る際に、この建物は聖蹟桜ヶ丘の方に移された。
最近は、とても好きな場所です。