yumegakureblogの日記

日日是好日…のたりのたりかな

2020-11-01から1ヶ月間の記事一覧

つれづれ散歩 78 東北日本海側の道 酒田

(過去への散歩)という脳内散歩の続きになります。この散歩は、観光案内としては全く参考になりません。そういう類いをお求めの方は、他のブログをご覧下さい。秋田を出ると酒田に向かった。秋田から新潟県の村上に至る間は、海岸を沿うように線路が続き、日…

つれづれ散歩 77 東北日本海側の道 秋田

(過去への散歩)という脳内散歩の続きになります。この散歩は、(観光案内)としては全く参考になりません。そういう類いをお求めの方は、他のブログをご覧くださいさて、青森の店を午前中に見て、電車で(秋田)へ移動します。秋田はこの後に何度も訪れる事にな…

つれづれ散歩 76 東北日本海側の道 青森

話は、海外から日本へ。今回から(東北地方)の(青森)から(新潟)へ向かう(日本海)側を回る脳内散歩を始めようと思います。散歩のきっかけは、今から約40年も前の話になります。始めて社会人となり、最初の得意先の一つとして東北地方を担当する事となった。担…

つれづれ散歩 75 中国大陸 無錫への道 6

今回の(過去への散歩)と称する脳内散歩の(無錫の話)は今回で終わりに致します。今回は、果たして(無錫への道)と名付けたこの題名にふさわしいかどうかは少々疑問なのですが、少なくとも私の中ではそういう矛盾は多少あっても当然ではないかとは思っています…

つれづれ散歩 74 中国大陸 無錫への道 5

(過去への散歩)と称する脳内散歩の無錫の話の続きになります。今回は私が中国無錫を担当していた時に起きた(天安門事件)を絡めながらの話になります。先ずは、この事件の概略から。今から31年前の1989年6月4日、中国天安門広場で民主化を求めていた学生に対…

つれづれ散歩 73 中国大陸 無錫への道 4

今回も(過去への散歩)と称する脳内散歩のシリーズではありますが、今回は*1をテーマにしてみようと思っています。上の地図で見ると、長江(揚子江)の河口は上海にあたりになり、蘇州と共に地図に赤で囲んだ所になる。三国の各々の場所は黒で囲んだ位置になる…

つれづれ散歩 72 中国大陸 無錫への道 3

今回も、私の(過去への散歩)と称する脳内散歩の無錫の話です。今回は、特に35年前の当時の中国の印象を中心に書いていきます。到着した無錫駅は上海駅と比べると明らかに田舎の都市の駅という感じだった。人の数も上海よりは、少なかった。しかし、タクシー…

つれづれ散歩 71 中国大陸 無錫への道 2

今回も(過去への散歩)と称する脳内散歩の続きになります。この散歩の中では、少なくとも三つの事を記載するつもりでいます。しかし、今の進捗具合でいくと、少なくとも、四~五回はこの内容の散歩が続くと予測できます。私が大好きでたまらない小説が二つあ…

つれづれ散歩 7O 中国大陸 無錫への道 1

今回は、(過去への散歩)と称する(中国大陸)の[無錫(むしゃく)]の話です。ついに(つれづれ散歩)が、何故だか海外まで足を踏み入れてしまった。今から、約35年以上前に仕事上の関係で何度か中国へ足を運んだ時期があった。別に、中国や英語が喋れる訳でもない…

つれづれ散歩 番外編 THE SKY OF TOKYO

見るがいい‼️これが東京の青空だ!!‼️只、みんな忙しすぎて立ち止まって空を見上げる人が他よりも少ないだけだスカイツリーの上にもずっと続く青空が見える。どうだ❗これが、東京の青空だ!!‼️こんな空の下ではやっぱり私の大好き♥️❤️なこういう曲がとても良く…

つれづれ散歩 68 BACK TO 京都 その5

今回で(過去への散歩)と称する私の京都の脳内散歩は終わりにします。最終的に住まいが落ち着いたのは、京都市北区の紫野(むらさきの)でした。北大路を挟んで、南側に(船岡山)があり、その南側のふもとが(西陣)と呼ばれる有名な織物産業の場所。その昔、(応仁…

つれづれ散歩 67 BACK TO 京都 その4

今回も(過去への散歩)と称する私の脳内散歩になります。次に移り住んだのは、京都市北区、(西大路)と(北大路)の交わる地点、(千本北大路)辺りです。夏の京都の風物詩、(大文字の火祭り)の(大)の文字がある(衣笠山)のふもとになります。有名な(金閣寺)の近く…

つれづれ散歩 66 BACK TO 京都 その3

今回も(過去への散歩)と称する私の(脳内散歩)の京都の続編になります。大学入学式の当日の朝、引越しをした場所は今度は京都西京区の(上桂)という所だった。阪急京都線の(桂川)の手前に(桂駅)があり、この駅から(嵐山)へ向かう路線が分かれている。(桂)→(上…

つれづれ散歩 65 BACK TO 京都 その2

今回は、[過去への散歩]としての[京都]の続編になります。大学受験を終えて、私は最終的に京都の大学に行く事にした。何故、大阪の大学ではなく、京都にしたかは良く覚えてない。只、受験した当日の京都での雪景色⛄は今も覚えている。我家の遠い親族のツテを…

つれづれ散歩 64 東京の片隅の小さな駅

東京23区内にある駅の全てが、TVに映し出されるような人通りの多い駅ばかりではない。東京駅、新宿駅、渋谷駅、池袋駅、上野駅等に代表されるような駅は、山手線♻にあり、更には私鉄や地下鉄と接続されているターミナル駅になっている。そこには、人が電車の…

つれづれ散歩 64 東京の片隅の小さな駅

東京23区内にある駅の全てが、TVに映し出されるような人通りの多い駅ばかりではない。東京駅、新宿駅、渋谷駅、池袋駅、上野駅等に代表されるような駅は、山手線♻にあり、更には私鉄や地下鉄と接続されているターミナル駅になっている。そこには、人が電車の…

つれづれ散歩 63 BACK TO 京都 その1

今回は、[過去への散歩]として京都についての話です。今から約半世紀も前、京都に四年間住んだことがあります。そのアタリの記憶を辿りながら、書いていこうと思っています。始めに、ご存知の方も多いとは思いますが、[京都の概略]について。今も、さほど変…

つれづれ散歩 62 邯鄲(かんたん)の夢 鹿鳴館

日比谷にきた目的の一つは、明治時代に(鹿鳴館)という建物が日比谷にあったという情報を見つけたからであった。日比谷公園の傍の帝国劇場の横にあったらしいという事は分かっていたので、散歩がてらに足を向けた。何でも、江戸時代は(薩摩藩)の(装束屋敷)跡…

つれづれ散歩 61 大岡越前を取り巻く虚構世界

日比谷公園の(野外音楽堂側)の(愛宕通り)を隔てた場所には、(東京地方、高等裁判所)がある。丁度その場所は江戸時代の絵図(麹町永田町外桜田絵図)によると、(大岡越前守)の屋敷の文字がある。あっ、そうか❗大岡越前が住んでいた場所だから、裁判所が出来たん…