つれづれ散歩 61 大岡越前を取り巻く虚構世界
丁度その場所は
江戸時代の絵図
あっ、そうか❗
大岡越前が住んでいた場所だから、
裁判所が出来たんだと
思ったが、
まさか、そんな訳はないよね。✨
明治になって、官公庁を造る時に
偶々そうなったんだよね😃
最近では(NHKBS)で、
(東山紀之)さんが演じている
(時代劇)の定番番組でもある。
ここで登場する大岡越前は、
(南町奉行)として描かれている。
辺りになる。
(山田奉行)とは、
(伊勢神宮)の(保護)やその他の伊勢神社に関わる(全ての行事)やこの地区の(訴訟)等を担当していた。
時代劇の中ではその在任中に、
後の(徳川吉宗)と知り合うという
(筋書き)になっている。
その話とは、
吉宗は、幼少時に紀州藩の家老の元で育てられ、日頃から、好き勝手に過ごしていた。
殺生禁断の場所で、毎晩、網で魚を捕っていた。
その時の(山田奉行大岡忠相)に
捕まり、
(紀伊家の若君の名を語る狼藉者!)
と若君を縛ってしまう、
という展開になっている。
しかし、
どうもこの話の内容は
年代的に辻褄が合わず、
どうも作り話であるらしい。😰
大岡忠相に関する一連の話は、
明治29年の(帝国文庫)に
収められた(大岡政談)による影響が大きいとされている。
しかし、内容的に吟味していくと、
忠相が実際に裁いたものは、
その話の中の2、3話に過ぎないと云われている。
しかし、
その僅かな話から、
(大岡越前っていうお奉行さんは
公私混合がない
役人には珍しい
立派なお人だ❗)
という感じで
庶民の間で人気が出た
のかも知れない。🙋
後に、
大岡忠相は
その時、
大岡越前を取り巻く(虚構世界)の話をもう一つ。
全ての時代劇の中で、
隻眼隻手(せきがんせきしゅ)の
剣の遣い手と云われる人物は
たった一人しかいない。✌
(姓は丹下❕、名は左膳❕)
の名文句でお馴染みの
丹下左膳(たんげさぜん)。🙌
とは、言っても
若い人は
もちろん、知りませんよね❗
(隻眼隻手)とは、
(隻眼)が(片目)でということで
(隻手)は(片腕)でいうこと。
物の怪(け)に憑かれたような
その(異様な容貌)が
妙に大衆に受けた。
当時の新聞で連載されていた
話の中では
左膳が刀をさしているのではなく、
(刀が左膳をさしている)
と表現されていた。
この左膳が登場するのが、
(新版大岡政談)
であった。
その作者を、
林不忘(ふぼう)といった。
本名は、(長谷川梅太郎)という。
実は、
この人は
(三つの名前)をもった作家で、
(一人三人集)という全集
を出版している。
現代小説を書く時のネームは
[牧逸馬(いつま)]。
時代小説を書く時のネームは
[林不忘]。
そして、
最初に世に出た時の
アメリカ体験物を書く時のネームは
[谷譲次]。
と、其々の小説のジャンルに寄って
名前を使い分けた。
しかし、
昭和の初期に膨大な執筆量で
ジャーナリズムを
一時期、君臨した作家は
36歳の若さで急逝した。
17歳で単独でアメリカ🗽へ渡り、
その時の体験話を
(踊る地平線)
というの本📕にした。
根本的に
人に頼らない
独立独歩の個性的であり
無鉄砲な無頼な人間像を
描いており、
そういう事が
大衆に受けたらしい。
(大岡越前)という名前は、
それら全てを受け入れて
(虚構の世界)の中で
今も
脈々と生き続けている
ように思われる。☺
此処まで
長い文を
読んで頂きまして
ありがとうございました。
m(._.)m