つれづれ散歩 29 明治の京都市街地図
書類と書類の間に挟まった封筒から紙を出すと明治時代に発行された(京都市街地図)が出てきた。
どうやら、明治36年(1903)に観光案内図として刊行された物のレプリカらしい。
地図の中には、京都の街並が鳥瞰図(ちょうかんず)で描写されている。
鳥瞰図とは、空を飛ぶ鳥が眺めた景色という事である。
この地図の特長は、
1)西洋建築の石造りの京都駅
3)平安神宮の創建
5)大学が記載(現大学名以前の名)
6)市内のお店の特産品の明記
等がかなり細かく描かれており、幕末の蛤御門の変の大火から町が復興している様子がうかがえる。
この京都の町が、(四神)に寄って護られていたからだとも思える。
上の写真は、息子が小学生の工作で作成した木製の(ティッシュペーパー入れ)ですが、何故だかそこに(四神)が描かれていた。
ビジアルで分かりやすいので、これで説明してみよう。
このケースの
上の方位が北にあたり、(玄武)。
右の方位が東にあたり、(青龍)。
左の方位が西にあたり、(白虎)。
下の方位が南にあたり、(朱雀)。
となっている。
四神とは、(中国神話)に基づくもので、天の四方を司る(霊獣)であり、(魔除け)とされていた。
四神+中央神と方位、季節、色、五行との関連を表すと次の様になる。
青龍ー東ー春ー緑(青)ー木
朱雀ー南ー夏ー赤(朱)ー火
白虎ー西ー秋ー白ー金
玄武ー北ー冬ー黒ー水
麒麟ー中央ー土用ー黄ー土
更に、人生を表すと
若年ー青春
壮年ー朱夏
熟年ー白秋
老年ー玄冬
上の季節と色を合体させたものである事がわかる。
無意識に日常的に使っている言葉に用いられているのがわかる。
因みに、(北原白秋)の名前はこれが用いられている、
余分な事ではありますが、私も年代的には既に(玄冬)に差し掛かっていますが、、気持的にはいまも(青春)の中なんですけどね😅
風水でお金を貯める時には、黄色を用いるというのもきっと中央の麒麟の色が黄色という事からきているのでしょうかね。
そう言う意味でも、(四神相応)といって、風水における地相、地勢において、京都は好適地であった為に長く繁栄されたとされるらしい。
話は変わりますが、この古地図の中において最も気になったのは、個人的に昔住んでいた事のある(大徳寺)(今宮神社)辺り。
あかねさす
紫野行き 標野行き
野守は見ずや
君が袖振る
ー額田王ー
大徳寺や今宮神社がある所は、今も紫野(むらさきの)と呼ばれている場所になる。
(標野)も(紫野)も皇室や貴族が占有して一般人は入る事を禁止された土地であった。
これを、禁野(きんや)という。
(標野)は男子が狩猟をする場所であり、(紫野)は女子が薬草としての草をつむ場所であったらしい。
それ故に、明治時代にもその名残があったと思われ、やはり一般人には少し遠い場所であったのかも知れない。
それ故に、地図には紫野辺りには一般家屋らしい物は描かれていない。
明治になっても、歌が詠まれた時と同じ風景だったのかも知れない。
もう一つ、この地図には京都駅の南側に(巨椋池)が描かれている。
聞いたことはあったが、初めて巨椋池がある地図を見て、個人的にはとても嬉しかった☺
おそらく、その当時考えられる全ての魔除けの方策を用いてこの町を護っていたと思われる。
そして、後に江戸に幕府ができて、江戸の町を造る際に、この平安京を保護した配置を真似て造る事になっていくと思われるのです。
散歩と言いながら、
散歩でもないのに、
たった地図一枚で長々と書いた文面を此処まで読んで頂きましてありがとうございます。
m(._.)m
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