つれづれ散歩 84 羽前 置賜(おきたま)郡 米沢
(過去への散歩)と称する脳内散歩のランダムな話の続きになります。
最初は米沢は福島県にあるものだという認識がどこか頭の隅にあった。
それほど、当初は印象にはなかった
街であったと記憶している。😥
仕事の中の重要事項の一つに
(情報収集)というものがある。
その当時、
売り場の売れ筋と呼ばれる情報を
得る為には、売り場の担当者に電話で聞くのが一番早い方法であった。
店の売り場の方も、
一番お客が入って
日曜日に売れた商品を
月曜日にメーカーに直接電話して
売れ筋商品をキープしていた。
今のように、
バーコードを通せば情報が集まり、即座に集計された情報が集まる
時代ではなかった。😅
情報を得る為には、
先ずは売り場の担当者と懇意になる事が必要であった。
自社情報も他社情報も含めて教えて貰える事が重要だった。
その見返りとして
同じように他小売先の情報や
売れ筋商品を優先的にその店に
回した。
いかにも、
泥臭いが一番確実な方法だった。😆
何か最近の情報は
余りにも効率を追及して
機械的になり過ぎており、
基本的な一人の売り場の担当者が
たった一人の消費者に
(物)と(情報)と(誠意)を売っている
のが本来の姿だと思っている。
なんかそういう事が
効率を良くするの一声で
むしろ、
(ないがしろ)にされているような
気がしてならない。😢
そういう店が米沢にあった。
今回は、東北の羽前置賜郡の
米沢の話になります。
福島で下車して、
電車を乗り換える。
そこから、(板谷峠)を越えなければ
米沢には着かない。
この峠を越える為に
この路線は
(スイッチバック)
という工法が取られていた。
わかり易く言えば、
直線的に山へ昇ると傾斜が険しくなり、山へ登りづらくなる。
その為にジグザグに昇ると傾斜が険しくなくなり、登り易くなる。
それを利用したのが、
(スイッチバック走行)
と呼ばれている。
アルプス山脈を越えた
オーストリアの(セメリング鉄道は、
この工法を取り入れて(世界遺産)にもなっているらしい。
さて、
この板谷峠の場合は、
急勾配な場所に(駅)を作る為に、
この工法が取られたらしい。
この鉄道施設は、
明治32年に設置された。
蒸気機関車🚂が山を越えなければ
ならなかった。
(峠駅)は標高622Mの一番高い位置に設営されていた。
更に、
この辺りは冬場は豪雪地帯となる。
その為、200Mにも及ぶ雪余けの
スノーシェッドが付けられて、雪を防いでいた。
雪が積もってポイント故障の原因となる可能性が高くなるからである。
スイッチバックの地点にくると
電車🚃は一旦停止する。
その後、
今まできた方向とは、逆の方向に
電車が走りだす事になる。
福島からこの峠を越えて米沢に入るまでの時間は、3時間余りもかかったと記載されていた。
しかし、
私が行った時は、
確かに長い時間はかかったが、
どれだけだったかは覚えていない。
しかし、
このスイッチバック工法も
1990年8月には終了を迎えている。
(米沢盆地)に入る。
この米沢はかつては
(上杉家)の城下町だった。
戦国時代、
戦った(上杉謙信)の上杉家になる。
謙信が死んだ後、
謙信が後継者を決めてなかったの為に、領地内でゴタゴタがあった。
最終的には謙信の姉の子供であった
(上杉景勝)がその後を継いだ。
景勝は、秀吉に気に入られた為に
豊臣家の(五大老)についた。
しかし、
関ヶ原の戦いが終わると家康により大半の領地が没収された。
そして、
この米沢の土地だけが、
唯一上杉家に残された。
元の領地の四分の一であった。
景勝に仕えた家老の(直江兼続)は、
こういう時こそ、人は宝である
という信念の基に
元の領地にいた人達を
落伍者もなく、米沢に連れてきた。
その後、上杉家は江戸時代を通して米沢に居続けた。
上杉景勝の逸話として、
興味深いものがある。
秀吉が大阪城で大名をよんで宴会を催したらしい。
各大名にオフザケを始めた。
しかし、
上杉景勝の所だけ出来なかった。
さすがの慶次郎も
(景勝の前に来ると威風凛然として
オフザケが出来なかった)
と語ったと云われている。
戦国時代には、
それこそ人を統治するにふさわしいと思える人々が沢山出と出てきた。
しかし、
今年コロナ禍で庶民が
苦しんでいる中で
人を統治出来きれないのは
どうしてだろう⁉️
と考えてしまう。
時代は変化したけれど、
基本的に人間自体は
さほど変化していないと
思っている。
今、本当に必要なのは
その場しのぎの方策ではなく
統治者の
威風凛然とした中での強い信念だと
思っているのですが
どうなんでしょうか?
高い峠を越える為に
スイッチバック工法を産み出したり
人が財産だ
とした発想の転換が
必要な時ではないのでしょうか?
昔行った米沢を思い出しながら、
漠然とそんな事を考えていた。
此処まで
長い文を
読んで頂きまして
ありがとうございます。
m(._.)m