yumegakureblogの日記

日日是好日…のたりのたりかな

つれづれ散歩 79 東北日本海側の道 村上

20201201_064328.jpg
(過去へ散歩)と称する脳内散歩の続きになります。
この散歩は、観光案内としては全く参考になりません。
そういう類いをお探しの方は、他のブログをご覧下さい。

山形県酒田から鶴岡を抜け、新潟県に入り、村上駅に到着した。

(村上)の町は秋田や酒田に比べると
そんなに大きな町ではなかった。
人口数も多くなさそうで、のんびりした雰囲気があった。😊

村上での宿泊先は、(瀬波温泉)と
いう温泉地だった。
そこへ向かう途中で、
此処でしか売ってないという日本酒を買い、宿に向かった。

なんという銘柄かは、40年以上前のことで定かでない。
只、酒のラベルに日本酒研究所とか書いてあったような気がして調べてみたが、今ではわからない。

しかし、
とても旨い😋日本酒🍶だった
記憶がある。

新潟は、
日本酒がおいしい所であるけれど、やはり村上もそうであった。😋
20201128_121031.jpg
日本酒🍶の三大酒処は

京都 伏見
兵庫 灘
広島 西条

おいしいお米が取れる所であり、
お酒🍶に合うおいしい水が涌き出る所であり、
荷物を運ぶ為の交通の便が良い場所に基本的にはなっている。

(伏見)は、
(御香水)と呼ばれる(中硬水)が涌き出ている。
ミネラルやカルシウムを含んでおり、口当たりがきめ細かく甘い酒で(伏見の女神)と云われるらしい。
(月桂冠)(黄桜)(宝酒造)等CMでお馴染みが多い。

(灘)は、
六甲山から涌き出る(宮水)。
ミネラルを含んだ(硬水)で、口当たりがキリットした辛口。
(灘の男酒)と云われている。
(白鶴)や(菊正宗)等があるけれど、
やっぱりお薦めは(剣菱)でしょう。

(西条)は、
日本酒に不向きと言われる(軟水)を使用しています。
明治時代に(三浦仙三郎)という人が軟水から日本酒を作りあげる方法を編み出した。

それまでは、灘を中心とする硬水での日本酒しかなかったのですが、
この製法により全国各地で日本酒が作れるようになったらしい。

その為、西条には
日本で唯一の(酒類総合研究所)と
いう日本酒を研究したり、
技術の普及をする所がある。

(賀茂鶴)(賀茂泉)等があるが、
(オバマ大統領)が来日した時に飲んだのは
(大吟醸特製ゴールド賀茂鶴)。

名前からしても仰々しいが、きっとそれだけ旨い酒なんだろう。😍
20201128_102336.jpg
村上という土地もおそらく
[越後杜氏(とうじ)]の流れを汲んでいると思われる。

(杜氏)とは日本酒の醸造過程を担う職業集団の事。

江戸時代に入り、(鴻池善右衛門)によって大量の(仕込の樽)による技法が開発された。

その為の仕事をおこなう人々として農民を利用した。
農民が春から秋まで作物を育てると冬場は(閑散期)になる。
農民は、その期間に収入を得る方法として、
水の豊富な酒の造りの盛んな土地へ
(集団出稼ぎ)に行った。

それが、(杜氏)の始まりだった。

北陸や東北の各藩は、
貧しい農民を救済する為に、酒造りの先進地区から(酒師)等と呼ばれる人を藩費で招いたりした。
更に、
先進の酒造り地区へ農民を派遣し、現地で修業させたりして、地元の藩での日本酒造りを奨励した。

しかし、実際には幕府の(酒造統制)の政策等があり、思った以上の効果は出せなかったようだ。

村上における日本酒の基礎は、
こういう所から築かれたものであろうと想像できる。

因みに、
杜氏は元々は[刀自(どじ)]と呼ばれる家事を取り仕切る(主婦)のことであったらしい。
大昔では、酒造りは女性の仕事であったようだ。
しかし、
時代が過ぎるとだんだん男の仕事に変わって行ったと思われる。

その言葉の呼び名がそのまま残って
(杜氏)となった説がある。

或いは、
中国の酒の神様が[杜康(とこう)]と
いう名前であった所からきた説も
ある。

本当は、
それらの説も含めて総合的に合わせたものであろうと思われる。
20201107_105833.jpg
その夜は、
瀬波温泉で♨️に浸かった後、
おいしいお酒🍶を飲んだ。😚
翌日、
前の夜に残った一升瓶のお酒を、
大事に抱えて東京まで持って
帰った人もいた。😆

村上も三面川(みおもてがわ)という伏流水とお米に恵まれた土地で、
魚にも酒にも満足🍴🈵😆した。

こんなのが
会社の経費でおとせるのは、
サラリーマンの唯一の楽しみ
かも知れないと思ったりした😃😃

これから、
お正月を迎えるにあたり
今年の日本酒は、
何処の銘柄にしょうか悩む😞🌀
時期になりました。😁

さて、
正月🎍は
どんな日本酒を飲みましょうか⁉️😃

此処まで
長い文を
読んで頂きまして
ありがとうございます。
m(._.)m